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2010年8月

2010-08-30

競技会報告

昨日の競技会は、最終予選で終わってしまいましたcoldsweats02

 

前回はセミファイナルいけたのに。。。前回よりもダンスはよくなっているのに。。。。

 

毎回うまくいくとは限りませんcoldsweats01

 

ダンサーの比較対照だし。皆もレベルアップしてるだろうし。ジャッジだって人間だし。。。

 

次回頑張ります。応援にきてくださった皆様、ありがとうございましたnote

 

私たちカップルが一番声援もらっていたと思いますshine

 

嬉しかったですshine

 

 

わがコマ姫は・・・

ベッドのお布団でくつろぎ中・・・ 

 

まったり・・・

Photo 

 

お布団を掘ってみたり・・・happy01

Photo_2

  

一休み・・・・

Photo_3

 

 

早くルスモを修理に出さないと・・・・コマちゃんのご飯のストック容器と化してますcoldsweats01

 

コマちゃんのご飯の時間が、朝以外、一定じゃないけど、やっぱり、毎回直接ご飯をあげたほうが、いいかも・・・ですcoldsweats01

 

あげ忘れることないし、食べてる姿を見て健康チェックできるし。。。

 

ルスモを修理に出している間、様子をみて、どうするか検討したいと思いますwink 

2010-08-27

今日も頑張るぞ!!

昨日のグログで46歳で亡くなったアニメ監督の話題に触れましたが、今朝ネットで、彼の遺言書が公開されていました。

 

「今 敏」という監督らしいです。その方のアニメも見たことなくて、この度のニュースで初めて知りました。

 

何気に、その「遺言書」ってのを読みました。

 

もうすぐ臨終を迎えるとき、人はどんなことを思うのか。

 

数年前に祖父が亡くなったときも、最後には立ち会えず、会った時は、既に固くなり、ドライアイスでキンキンに冷えていました。

 

仕事中であるにもかかわらず、「遺言書」を読みふけってしまいました。

 

40半ば・・・とても悔しい思いですが、よい人生を送られたんだ・・・と、思いました。

 

読み終えた後に、ズシーーンと言いようもない悲しくなるような重たい気持ちになりませんでした。

 

あー、これはセンベも見るといいな、と思いました。(今敏さんの奥さんに対する愛情をよーく読みなさい!的な気持ちはさらっさらないですよ~coldsweats01

 

リンクしようかと思ったのですが、いつかなくなっちゃうので、コピーさせてもらうことにしました。(勝手にコピースミマセン・・・)

 

以下、コピーです。ご興味ない方、スルーしてくださいね。他人の遺言書ですから・・・coldsweats01

 

 

2010年8月25日(水曜日)

さようなら

 

忘れもしない今年の5月18日。
武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。
「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」
妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。
普段から心底思ってはいた。
「いつ死んでも仕方ない」
とはいえあまりに突然だった。

確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2〜3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。
気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。
頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。
「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」
しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。
病状は確実に進行する日々だった。

一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。
だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、
「ちゃんと死ぬための用意」
にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。
その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。
もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。

手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。
後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。
「はぁ…やっと死ねる」
なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。
「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」
聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。
それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。

ということで早速腹はきまった。
私は自宅で死にたい。
周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。
妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。
あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。

妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。
寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。
「死ぬってのも悪くないかもな」
理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。
ただ、一つだけどうしても気に入らない。
「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」
と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。
「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」
こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。
死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。
死ぬのもツライよ。
断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。
ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。
私が暮らしているあの家へ。

少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。
自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。

さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。
ところが。
肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。
ありゃ?
ある意味、こう思った。
「死にそびれたか(笑)」
その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。
不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。
妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。

生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。
エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。
そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。
実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。
インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。

死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。
家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。

出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。
それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。
病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。
だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。
顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。
みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。
自分の生きた世界を愛している。
そう思えることそのものが幸せだ。

私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。
いま死について思うのはこういうこと。
「残念としかいいようがないな」
本当に。

しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。
両親とマッドハウス丸山さんだ。
今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。
遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。
許しを乞いたいような気持ちだった。

自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。
「すいません、こんな姿になってしまいました…」
丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。
感謝の気持ちでいっぱいになった。
怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。
勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。

一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。
映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。
何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。
もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。
スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。
けれど少しは理解もしてやって欲しい。
だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。
かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。

私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。
丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、
「大丈夫。なんとでもするから心配ない」
とのこと。
泣けた。
もう号泣。
これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。
今回も同じだ。私も進歩がない。
丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。
才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。
何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。
確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。
それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。
今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。

両親に告げるのは本当に切なかった。
本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。
「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」
突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。

それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。
一大決心をして親に会うことにした。
両親だって会いたがっていた。
しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。
私は本当に幸せだった。
ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。
私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。
寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。
「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」
何も言えなかった。

両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。
顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。

ありがとう、お父さん、お母さん。
二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。
数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。
幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。

親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。
特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。

両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。

最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。
あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。
でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。
「私、最後までちゃんと伴走するからね」
その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。
「私の妻はすごいぞ」
今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。
私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。
思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。
けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。
生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。

気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。
最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。
自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。
しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。
深く深く感謝いたしております。

そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。
本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。
2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。
何から何まで、本当に世話になった。
で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。
そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。
心から頼む。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。
世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

今 敏

 

ぜんぜーーーん、知識ない人ですが、いい人だったんだなーと思いました。

仕事中だというのに、泣けてこまった。。。

 

私が最後を迎えるのは、だいぶ先(周囲からは「あんたみたいのが長生きする!」とよーく言われます・・・・どういうこっちゃ?!delicious)ですが、親、キョウダイ、友人、会社の仲間、ご近所の方、焼き鳥屋の父さんとお母さん、みーーーんなに感謝して、もっちろん、いつも傍にいてくれるセンベには思いっきり感謝して!!!愚痴をこぼさず、今ある状況に不平不満を言わずに、明るく元気に前向きに頑張りたいと思いますup

 

 

あーーーー日曜日はいよいよ競技会!!!

 

今回はセンベママのお姉ちゃんたちも沢山応援に来てくれますnote

 

がんばりま~すdash

 

コマちゃんも応援してくれよ~heart04

Koma_149

 

2010-08-26

今日を大切に!

朝おきて、夜お布団に入るまで一生懸命だったか。。。。とりあえず、明日のことを心配する前に、まずは今日を頑張る。。。と、コレ、一応目標にしている私なんですが。。。coldsweats01

 

 

父と同じ年の梨本勝死亡のニュースになーんだか胸がつかえ、

 

海外でも評価されているらしい46歳のアニメ映画監督亡くなったというyahooニュースを見て、へ~かわいそうにな、まだ若いのにな・・・と思い、

 

50歳になる野田聖子がオメデタには、(わーーーおおお!!立派!!すげーーー!でも、余裕ないとできるこっちゃないなーーー、イヤ、50でしょ?余裕あっても考えるかな。。。)などとひとりごちて・・・coldsweats01

 

 

しかし、なんですね。全うする命あり、新しい命あり。

 

 

日本人女性の平均寿命は84歳でしたっけ?

 

平均的に生きるとして、今まで生きた人生と同じくらいの時間を、もう一回送れるわけですが、アニメ監督みたいに40半ばにして逝くこともあり。

 

そうすると、私もあと数年ですsweat01

 

ま、今日を大切にするという目標からすると、自分の寿命を考えるなんてナンセンスな話なのですが、父と同年の方の死や、自分と近い年齢の方の話題(死んだり、授かったりと・・・)には、どうしても敏感に反応してしまいますcoldsweats01

 

私の尊敬するバレエの先生は、人の年齢が気にならないというか興味ないって言います。だから、多分自分年齢も気にされてないように見えますnote

 

と、いいますか、年齢不詳(聞いてるのですが、どー見ても▲10歳以上です)で、ミニスカートにブーツだったり、少女のようなワンピースも着こなして、キレイでかっこいい素敵な人です。

 

年齢気にならないってのを地で実行されている感じですshineshine

 

 

明日のことを心配しない!そんなヒマがあったら今頑張る!ということを忘れない!(忘れちゃうんだけどーーcoldsweats01

 

 

そして、自分の年は都合よく忘れよう!!smile デスshine

  

 

 

しかーーーし・・・

 

 

ふ~dash

8月も終わりだというのに、まだまだ暑いです。。。。

 

 

は~dash

コマちゃんくらいだいよ、27度設定の快適お部屋でゆったりできるのは・・・

Koma_269

 

いいなーー。

 

いいね!!うらやましいね!!

 

 

い、いやいやcoldsweats01

 

今日を大切に!って思ってんだけど、こうも暑いと、弱っちくなりますねcoldsweats01

2010-08-25

燕尾服仮縫い

トッププロの教室で、オーダーしたセンベの燕尾服の仮縫いチェックがありましたshine

Photo_3

テーラーま○べのま○べさんの入念なチェックが入りますdash

Photo_4

最近の流行は、上半身はぴちぴち、ズボンはボンタン(幅広?っていうやつです)です。

 

袖は、腕を通すのが困難なくらいきっちりしているそうです。

 

そうすることにより、腕のキレイなラインが出るそうなんですが、センベの場合、もともと腕が細いため、ここはあまりピチピチにせずにキレイに見えるシルエットってことで調節ですnote

 

この後、「はい、お二人で組んでください」と言われて、二人で仮縫いダンス。そのそばを、ま○べさんが一緒についてきて、背中と腕のラインをチェック!!

 

実際に踊っているシルエットをチェックされるのですflair

 

時折、「はい!ストップ!!」と言われて、ポーズしたまま停止する私たち。

 

微妙に違う左右の背中のラインが一枚の板のように見えるように、ほんの少し凹んでいる右の背中にパットを入れます。

 

そして、あの有名なテーラーま○べさんに作ってもらうってことで、私たちを見守るギャラリー(レッスンに来ていた生徒さんたち)も、興味津々で、親切にもセンベに団扇で扇いでくださる方や、「かっこいいわね~」という言葉に照れるセンベheart04に、「おまえら!どうせ、作るんだからキレイなラインで踊れ」と仮縫いダンスに激を飛ばしてくれるトッププロ。

 

レッスンさながらですpunch

 

「ま○べさーん、こいつすぐにホールドが崩れるから、上手く見えるように作ってやってね」というトッププロの言葉に苦笑いのテーラーま○べさんcoldsweats01

 

にぎやかでした~happy01

 

もう一度仮縫いチェックして、いよいよ本縫いに入りますshine

 

その頃、まんちゃんのドレスのデザイン起こしが始まっているころですねnote

 

12月のパーティーには、おニューの燕尾&ドレスですshine

 

この日も、遅くまでレッスンを見てくださり、遅くなってしまいましたmoon3

 

 

おうちでは・・・・・かわい子ちゃんが待ってますheart02

 

Koma_270

早く帰ってこないかニャ・・・・まちくたびれるニャ~

 

 

2010-08-24

模様替え

一年に一度くらい・・・・突然に模様替えをしたくなります。

 

昔からそういうクセがあり、でっかいベッドをズルズルと移動して寝室を変えたり、テーブルも移動したりと・・・・いつも一人でやっていましたcoldsweats01

 

今回もセンベが仕事に出かけた隙に模様替えdash

 

ソファーも一人で押して(あ、もちろん、床が傷つかないように配慮して、ですよ~coldsweats01dash

 

コマちゃんのタワーだけは一人ではムリなので、仕事に行く前に解体してもらいましたheart04

 

そして、おニューのタワーは・・・

Koma_tower

今度のコマちゃんタワーは白い小ぶりなタワーですshine

 

今回の模様替えで、おうちを広々と使えるようになったように思いますbleah

 

コマちゃんも駆けていましたdash

 

家がスッキリして、いい感じになりました~shine

 

早く帰りたいです^^;

 

 

さて、毎回出る量がバランバランのルスモは・・・・結局メーカーで診てもらうことになりましたcoldsweats02 

 

ただ今、ルスモ休止中ですが、コミュニケーションが増えて、前に戻ったようで嬉しいですnote

2010-08-23

最近のいろいろ~コマちゃんの絵皿♪

あ~~、今朝も暑かったです。。。

 

私もセンベも結局はお布団を蹴飛ばして寝てました。。。ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

 

来週の日曜日はいよいよ後期最初の競技会!!

 

ダンス練習・・・・気付くと夜中の1時だったり・・・coldsweats02 今夜こそは早めに帰ろう・・・と言いながら、最後にタンゴを一回だけやっとこく、最後にワルツ一回やっとこう、最後に、最後に・・・と言いながら気付くとこんな時間ですcoldsweats02

 

めっちゃおなかがすくので、夜中に軽めのご飯を食べて、寝るのは3時過ぎていて・・・お布団に入ったら3秒で爆睡ですcoldsweats01

 

納得のいく結果を出せるように頑張りたいと思いますdash

 

 

さて、週末にコマちゃんの絵皿がネコママさんから届きましたheart02

Koma_268

ネコママさんのブログはコチラ

コマちゃんの紹介をしてくださっていますnote

 

ネコママさんのブログにありますが、今回、コマちゃんの写真から絵をおこしてくださったのがとらじべやのチクワキライさんですshine

 

このお皿の原図となった写真がコチラ↓

Koma_264

 

少しムスっとしているので、コマちゃんが子供の頃の動画をチクワさんに送って、そのときのかわいい顔(親ばかですcoldsweats01)を参考に、口元も少し変えていただきましたcoldsweats01

 

私のあれやこれやというリクエストを快く聞いてくださって、かわいいコマちゃんになりました~noteチクワさん、ありがとうshine

 

そして、お皿は、ネコママさんにお願いしてロイヤルコペンハーゲン調にしてもらいましたshine

 

Koma_266

Koma_267

コマちゃんも気に入ってくれたようですnote

 

ネコママさん、チクワキライさん、どうもありがとうございましたshine

 

よい記念になりますheart04

2010-08-20

ルスモに異変!!

最近、コマちゃんがご飯を残すようになりましたwobbly

 

だけど・・・なーんだか変。。。

 

食いしん坊コマちゃんにそんなことあるのかな~coldsweats01

 

と、ふと、朝ルスモから出てくるご飯の量を見ると!!!

 

ひゃ~~~~~一日分くらいイッキに出てるではありませんか!!!coldsweats02

 

設定では、1回に10gのご飯が朝8時、午後2時、夜8時に出るように設定しています。

 

それなのにーーーーーwobbly

 

コマちゃんが一粒一粒出すから、何かがおかしくなっちゃったのでしょうか。。。coldsweats01

 

危険です( ̄○ ̄;)!

 

ますます、まるっこくなっちゃうのでは・・・coldsweats01

Koma_263 

ルスモを継続するか考えたほうがいいかも・・・

メーカーに問い合わせしてみるとか・・・sweat01

 

 

2010-08-18

初めての爪きり

コマちゃんの爪が伸びてきました。

 

今までは、毎月一回、病院に爪きりとお尻の毛のカット、足の裏の毛のカット、そして体重測定に行っていました。

 

前に、二人で爪きりしようとして何度も断念していた私たちですが、昨夜はいつになく、「絶対にやるぞーー」というセンベの固い決意のもと、センベさんと二人でコマちゃんの爪きりにトライしましたcoldsweats01

 

二人で必死でやってるので写真はありませんcoldsweats01

 

でも、センベが言うに「病院とは全然違う。やっぱり、うちだと怖がらないんだねー」とのことnote

 

病院での爪きり(基本、センベが連れていきます)は、先生が二人がかりで、カラーつけられて、シャーしまくってannoy(まんちゃんは、コマちゃんのシャーを見たことがありません)先生は流血で大変な騒ぎらしいですcoldsweats02

 

診察台から脱走したり、シャーしたり・・・・コマちゃんが病院を訪れるたびに、「あ、コマちゃんが来た・・・coldsweats01sweat02」みたいな空気が病院に流れているようで・・・・・・センベも苦笑いcoldsweats01

 

私の手を噛み付くしぐさ・・・・このあたり、かわいいですhappy01

 

ちゃんと解っているのか、噛み付くしぐさをするだけで本気ではやってきませんhappy01

 

一生懸命、威嚇してんでしょうねcoldsweats01

 

思ったより、いい子にしていてくれましたcoldsweats01

 

 

終わった後は、、、、、

 

すぴー・・・・sleepy

100813_143712

おつかれさま~note

 

2010-08-11

でっかくなったなー

Koma_260


うちに来た約一年前はこのオザブの3分の1位だったのになーp(^^)q

昨夜、来客があったのですが、珍しく怯えて部屋から出て来ませんでした(>_<)

いつもスリスリ愛嬌たっぷりに近づいていくのに…

波長が合わなかったのでしょうか。

 

ルスモからご飯が出るとダッシュなのに、今朝、来客がリビングで寝ていたせいか、ローカの途中まで来るも引き返してました(*_*)

 

コマちゃんも酔っ払いさん苦手なのかもねsmile

2010-08-10

こう暑いと

こう暑いと
眠いのよねー(*_*)

子供の頃プールの後、アイスキャンデー食べて扇風機回して昼寝。

起きたら、ほっぺに畳のあとがついてて、畳にはヨダレ(-.-;)

外はみーんみーん。

夏も今風になりましたね。

2010-08-09

涼しくなりましたね

少し風が涼しく感じられるようになりました。

 

木曜日からお盆休みです。

 

コマちゃんもお風呂に入れて、一年ぶりのベランダの大掃除&窓の掃除をしようと思いますdash

 

毎年、夏に体調をくずしますが、今年に入ってから一度も風邪も引いてないし、元気です!

 

このまま夏が過ぎてくれればいいのですが。。。

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2010-08-06

久しぶりにフレンチ♪

先日、センベさんの生徒さんお二人にフレンチをご馳走になりましたnote

 

きっかけは、センベが私のことを生徒さんたちに「彼女は在日コリアンでね・・・」と話たところ、なんと、センベの生徒さんが「えーー、私もよ!Mさんもそうよ!」って話になり、是非、まんちゃんを交えて一緒に食事にという話になったということらしいです。

 

へーーーーー、意外。今までもあまり、まわりに在日コリアンの方とめぐり合うこともなくて、ダンスつながりで・・・なんて、意外です。

 

私よりも「へーーー」と思ったのは、センベのほうです。

 

私は一度もお会いしたことないのですが、生徒さんたちは、パーティーでの私たちのデモをご覧になっているので、私のことはご存知でした。

 

でも、実際に待ち合わせの駅で、センベよりも早く到着し、お二人にご挨拶すると、「こんなに若くてキレイだと思わなかった」とのことで、私をどんな風にイメージしてたんだ!とツッコミたくなりましたcoldsweats01

 

パーティーで見てたのは、ダンスメイクで、実際の顔なんてどんなだかわかんないし、センベ先生よりも(歳が)一回り上って聞いていたから、どんな落ちついた女性が現れるかと思いきや(←これは、良く言って・・・本当はどんな、オバさんってところでしょうか・・・coldsweats01)若くてキレイcoldsweats01な・・・・私が現れたそうですcoldsweats01sweat01

 

話すと、在日コリアンに関わる話になり、そこは同胞のよしみで、思う存分、身内びいきな話となり、大いに盛り上がりましたheart04

 

私の両親より少し下くらいのお二人ですが、めちゃくちゃバイタリティがあり、パワフルで、なんだか親戚の叔母さんと話しているような気分になりました(*^-^)

 

久しぶりのフレンチも美味しくて、たっぷりお酒をいただき、楽しく過ごしました。

 

翌日、センベに届いたメールmail

 

「先生のパートナーさんが、若くてキレイな人でよかった~note」ってsweat02

 

なんとなく素直に喜べないまんちゃんですが、聞けば、やはり様々なご苦労があったようで、私の祖父母が日本に渡ってきて、私たち孫の代になりうちの家の歴史ができたように、それぞれのお家の物語があるのだな~と、つくづく思いました。

 

また是非ご一緒したいです。ご馳走様でしたshine

2010-08-03

やるね~

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コマちゃん、ルスモに左手をつっこみ・・・

 

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ごそごそやって・・・・

 

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カリカリが一粒落ちてきます。

一粒食べては、また手を突っ込んで、また一粒・・・

 

上手に一粒ずつ落っことして、盗み食いしますsweat01

 

 

そこで、まんちゃんもやってみることに!!

 

一体、どこを押して出してんのか!!!

 

いろいろ押してみたり、引いてみたり・・・・頑張ってみたけど、一向にカリカリは落っこちてきませんcoldsweats01

 

コマちゃんがどうやってんのか・・・・sign02

 

うーん・・・・コマちゃんって、すごい!!!

 

と、感心してる場合ではないのですがcoldsweats02

 

もしや、これまで2回あったルスモ空っぽアクシデントにより、飢えに瀕したあげく、生きる術を身に着けてしまったのでしょうか・・・sweat01

 

子供がオデブになっちゃうのも・・・やっぱり親の責任ですね。。。(;´Д`A ```

2010-08-02

マタタビ

久しぶりにコマちゃんと遊びましたnote

 

マタタビhappy01

 

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すごい食いつきsign03

 

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落ちつきを取り戻し、くんくんdash

 

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よっよっ・・・と、なかなか掴めずcoldsweats01

 

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捕獲成功up

 

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もう・・・飽きたか(;´▽`A``  早いねcoldsweats01

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